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2006年04月30日

「凄さ」を伝えきることができません

17歳になった福原愛、あの身長90cmぐらいだった“天才卓球少女”が立派に成長して世界の舞台で戦っている姿をTVで目にしました。
“天才“といってもちょっと卓球がうまい少女、というイメージしかありませんでしたがTVの中の福原愛は世界を相手に戦う日本のエース、思わず引き込まれてしまいました。
オリンピックの時のカーリングと同じでまったく興味がなかったスポーツであってもちょっとしたきっかけさえあれば、競技者の集中力や緊張感をTVを通じて視聴者に伝えることができるのです。
正直言って大げさではなく『卓球JAPAN』に感動しました。香港戦で破れはしたものの、福原愛は卓球という競技に多くの人の耳目を集めることに成功し、彼女の真剣なまなざしは人々の心を揺さぶったことと思います。
さて、同じスポーツとして比べた場合のSUPER-GTはどうでしょうか?
もし卓球やカーリング、スケートやサッカー等と同じようにGTレースを戦うドライバーの一挙手一投足を伝えることができれば必ずやその「凄さ」に魅了されることでしょう。灼熱のサーキット、車内温度は60度に達し、体温は39度近くにまで上昇します。その状態で最高速度からのフルブレーキングやコーナリングフォースの高Gに耐え、毎LAP寸分違わぬ操作を40LAP近くも繰り返すのです。そしてひとたび火災やクラッシュが発生すれば命を失うことも珍しくはありません。
しかし非常に残念なことに、走るレーシングカーの画像と車載カメラだけでは、その他のスポーツのようにTV画像だけでその「凄さ」を伝えきることができません。すべてのドライバーが、すべてのスタッフが、オリンピック選手や福原愛選手と同じクオリティの情熱を持って戦っています。
5月4日SUPER-GT第3戦富士スピードウェイ、一人でも多いご来場をお待ちしています。

2006年04月28日

オハイオ州コロンバスの謎

4月6日13時53分、見慣れぬメールが届きました。

「コンニチワ、ワタシARKTECHノ、アドレス、ルッキングフォー デス、マイケル トムセンより」
(注:もちろんメールは英語できましたよ)、トムセンなんて奴は知らん、よくいるんですよ、
「ワタシ、グッドメカニック、シゴトアリマセンカ、フランスゴシカ、ハナセマセン」みたいのとか
「GTノシートアリマセンカ?イクラデノレマスカ?イギリスジンデス」とか、親切に回答しても大体
返事有りません。返事あるのは「アダムちん」ぐらい、www.adamwilcox.com、
「どう~今年はシートある?ダイジョブダイジョブ日本語OK、彼女は日本人です」
「シートあるけどお金かかるんだよねー」
「OKOK、ミッション壊さないから、あー、マネーは無いよ、ないない」毎年ほぼ同じ、

で、あっアダムちんの話じゃありませんでした!トムセンね、誰やねん!とは思いましたが一応礼儀として「で、君は誰で何のよう?」と聞いたら「ミスターマツダノファン、シャシンモッテル、シャシンオクルカラ、サインモラッテクレナイカ??」とのことでした。「イイヨ、オクッテキナー」と返事したら本当に送ってきた、お宝インディカー画像2枚、#99と#54、99号車のほうは松田さんの息子さんッスカ!?みたいな可愛いお顔の松田さんが写っていて、どちらのヘルメットもグリーンXイエローXブラックのカラーリングでした。
後日松田さんの許可を貰って画像UPしたいと思います。

しかし、ここで謎なぞ、ナゾー。写真は、写ってる車や松田さんも古い(イゃ失礼、松田さんは若い)、
写真自体もプリントアウトから相当時間が経過している様子、松田さんが最後にインディーのってから失踪していたわけでもなく、今までこのミスタートムソンと名乗る人物は何故コンタクトしてこなかったんでしょうか??そして何故http:松田秀士どっとこむ、じゃなくて あーくてっくどっとこむ、にメール送ってきたんでしょうか?なんででしょうかー、まぁどうでもいっかー。
大事なことは、結論は、
『Mr’Hideshi Matsuda はいまだにオハイオ野郎の○○玉握って放さねー』ってことですね!!すげえー。菅選手も誰かのキン○握った時は絶対離さないようにしましょう!!

2006年04月27日

虹色タイヤって、なに!?

気がつけば、世間的にはゴールデンウイークすぐそこなんですね~。
そういえば今回はまたGT3が登場します。
鈴鹿でスタート時にT中T也先生がグリッドで御撒きになった大量のT/Mオイルにのってコントロールを失いサイドウォールヘヒット!!レース終わっちゃた111号車です。
まぁピットロードでスピンして車壊したりする某有名競争運転手もいるわけでして・・・ご愛嬌です。

最近ボクスターの活躍で影が薄くなったGT3ですが、記念すべきチーム初ポイントを獲得したのはこの車でした(2004年のもてぎGut’s城内&澤圭太組)。HPの下のほうにちょろっとうっすら画像があるとおもいますがこれが元の姿、2001年モーターショウに展示された由緒正しいCUPカー、今ではすっかりなりきり具合も板につき、誰が見ても3Rに見える風格が備わりました、GT3Rレプリカとでもいいましょうか。
GT初参戦の2003年はエンジンを3Rに換装し、T/Mにクーラーを追加したしただけの仕様で一切補強を加えず走ってました。
当初ほかの3Rより2秒遅いのは「剛性が足りない、じゃなくて無いんだよ!これ!」みたいないじめられ方をして大そう塞ぎこんでいるご様子でしたが、本当の理由は「えびダンパー」がうまく仕事をしてくれないのと、虹色した美しいタイヤのおかげでした。おしゃれなレインボータイヤから漆黒タイヤに、ダンパーはみんなと同じ「終わりなき」ダンパーに、なーんと3Rと同じに走れるではありませんか!
(注:マニアックな表現で分かる人しかわかりません、すみまません)
これに気をよくしたレプリカ君、「来年は3R様を抜くぜ!!」と鼻息も荒く「3R越え」を宣言、現在へと続きます。あれから3年、昨年は老体に鞭打ち、歯を食いしばって余郷選手の責めに耐え、今年はカラーリング一新!とかいって騙されまた走らされちゃいます。クラックぐらい溶接してくれよ!よれよれじゃん、
きっとボクスター2号車と入れ替えられ、解体された968GT4の後を追うことになるのでしょうか・・・
たすけて!!!

2006年04月24日

日の丸背負わずに

この週末イモラでF-1とGP-2が、仙台ハイランドでS耐久が行われました。
他にもレースイベントはあると思いますが知ってる人が出ていないと必然的に興味は薄くなってしまうのは世の常。
S耐久では大井選手&伊橋選手が大活躍!見てきたわけではありません、来たメールを見ただけ・・・。
吉本選手GP2第4戦、見事3位表彰台、お立ち台での画像を見るとうつむき加減?
どうして?なんで?、ダイジョウブ元気だせ!君にはdirexivとLeyJunがついてる。
さて先程「知ってる人が出ていないと興味わかない」と言ったばかりですが、じゃあ「F-1で誰知ってんだ おまえっ」と聞かれると困ってしまいます。知りません、いやいや知っているいる井出選手、みんなが知ってる井出選手。私も皆さんと同じくらい知ってるんですね~見たことあるとか、そんなレベルで。
で、最近あまり見ることがなかったのですが(F-1いったので当たり前)突然ヨーロッパへ行ってレースやってますね、TV見ていて思わず「井でぇー 頑張れーー!」と声を出して応援してしまいました(こんなことは”雨の中島“以来の出来事です、ふるいふるいモナコでのお話です)。なんといってもこないまでSUPER-GTを走っていたドライバーですから頑張って欲しい、日本の現役ドライバーの力を見せて欲しい、でも車のパフォーマンスはないし、初めてのサーキット、慣れないレース進行、緊張、プレッシャー、苛立ち、焦燥感、そして完走もできず辛いレースが続く・・・胸中察するに余りあります。
でも次こそ、次がダメならその次、・・・いつでもいいや!
笑顔と熱い走りを、日の丸背負わずに、自分のためだけに頑張レ!

2006年04月23日

レビュー岡山国際

初めから、勝ちを意識しての岡山入り、予選もスーパーラップもいいポジション、松田選手も気合十分でスタッフ全員「勝つ」つもりでいました。逆に言えば「ここでしかチャンスはないかもしれない」という緊迫感と自力で勝利を掴みたいという気持ちが前面にでたレースでもありました・・・。
チェッカーの後#110が帰ってきてもサインガードに迎えるスタッフはなく、非常に生意気に聞こえますが我々が感じたままを言葉にすると勝てるレースを落とした「結果は惨敗・・・」でした。
翌日CSの再放送を見ながらその負け方と敗北感に沈んでいると勝利者インタビューが始まりました。気持ちが大きく変わったのは蜜山&谷口選手のインタビューを聞いてからです。ドリフトからGTに上がって大して苦労もなくスタードライバーになった谷口選手と思っていた彼が、涙をこらえながら「勝ちたかった」と・・・谷口選手ごめんね、理由なく涙はでないよね、誤解してました。チームを移っての初勝利、おめでとうございます。彼等の方が少しだけ「勝ち」に対する思いが強かった。そして藤井選手も惜しかった、タイヤ交換上手くいってれば・・・。#110は勝てませんでしたが、チーム一丸となって全力で戦った結果の3位表彰台、多くのスタッフが「3位じゃ納得できない」と我々自身が「勝利を期待した」、そんな気持ちを持てたこと自体が素晴らしい成果でした。

2006年04月22日

ATMS Racing Diary(b-log)オープン

BOXSTER 2号車を計画してます。
といっても去年から計画だけはしていましたが今年はより
具体的になってきました。
早くつくらないとシーズン折り返す頃にはついていくのが
精一杯になりそうです。

それと負けてはいけない敵がいっぱい!
時系列的に並べてみるとまずVEMAC、これは知ってる人は知っている理由から。
次がフェラーリ、これは画的に、プロレス的に、ライバルとしてみましたが実際にはお世話になってまーす。
最後がNISMOじゃなくてZ、これも知ってる人は知っている理由から、でも今後お世話になる予定でいます!
で、えーとVEMACが4台、フェラーリが2台、Zが3台 全部で9台!厳しいー。
そしてATMSはアンチ○○○なのでプラス4台、そして同門対決?
といえるかどうかは別にしてPORSCHE勢5台?
総合計18台になりました。どうやら味方はいないようですね~。
仲間をつくらなくては・・・今は一人ぼっちの僕☆

PS:
明日からS耐久ですね~
大井選手&伊橋選手Zのトップを!
斉藤多聞選手もZで頑張って!
PCJチーム堤選手&井上選手、朝まで国分町でがんばって~

2006年04月20日

今2流半ぐらい?

やっとというか、今頃というか、なんとか、というべきか、何はともあれHPのアップデイトが終わりました。「どうせ見る人いないのよ~」「うち最下位の3流チームだし、毎年ゼロじゃなくてマイナスからのスタートだし」HPが完成しない理由は山ほどあり2年間工事中のままだったわけです。が、2006年鈴鹿第1戦、突如表彰台に上がったりしたもんでだもんで(だもんではナゴヤ弁、文脈には関係ないけど響きが良いかと入れてみました)「やっぱりちゃんと作っとく?」「もしかして少し期待されてきた??」「今2流半ぐらい?」みたいな慌てた話で協賛会社の何とか室長とかいう偉い人のご尽力のお陰でホームページをご披露することができました!!
こまめに更新していきますので「一つ宜しく」です。